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四国大会に行ってきた(2)
顧問Hatchです。

全ての上演が終わった後、審査委員長の鴻上尚史氏による講評が行われました。私なりに理解した、氏の発言をまとめます。

1)演技で最も大切なのは、「リラックス」である。リラックスするためには、「自意識」から自由になることが必要不可欠で、それを実現するためにはスタニスラフスキーも言うように、「与えられた状況」、つまり自分の演じる役が

 A)どんな性格で何が好きで、過去にどのようなことをし、これから何をしようとしているのか
 B)厳密にいつの時間に存在するか(「夕方」とあるなら、それは何曜日の夕方で、どんなことをした後の、あるいはする前の「夕方」なのか)
 C)厳密にどの場所に存在するか(「繁華街」なら、それは大都市か地方都市か田舎の町か)
 D)幕のあがる前には何をしており、暗転中にはどんなことをしており、終演後に何をするのか

を可能な限り想像し、自意識の居場所を奪うことが重要だ。

2-1)演劇とは、日常を舞台上で少しデフォルメしたものである。「ナチュラル」がよいという人もいるが、「日常」を舞台に乗せても何も面白くないし、観客はそれを見たいとは思わないだろう。(鴻上氏による訂正あり:コメント欄を参照)

2-2)演劇とは、自分の感情と出会う行為でもある。ある役を演じながら、日常では遭遇しない状況で自分がどのように感じるのかを学ぶことができる。

3)どの役にも、舞台上に存在する目的(≠動機)がある。動機は演じられないし、目的も「地球を救う」というような漠然としたものは演じられない。しかし、「具体的な目的」(地球を救うためには環境を汚してはならない。環境を汚さないためにゴミ拾いをする)は演じられる。具体的な目的と、それを阻む障害(人物や出来事、時間的制約、等:「愛する人の善意」が障害なら、演劇的には最高)によって、登場人物の動きが決まっていく。その「行動」を通して、登場人物の葛藤を描いてほしい。

4-1)演技とは、「聞くこと」であり、「台詞の決まっているアドリブ」である。順番通りに台詞を言うのは難しいことではない。しかしそれは「言われたことを舞台上で復習している」だけであって、演技ではない。

4-2)演技とは「自分と別人を演じる」ことではなく、「自分の別の可能性を演じる」ことである。したがって、自分のもっている感情と演技上で「感じているはずの感情」は地続きでなければならない。上手な役者はこの二つの「感情」の距離感が分かっているため、自分の言葉として台詞を発することができるし、自然な動きで反応をすることができる。「~しなければならない」という気持ちでその動きをしてはならない。その「しなければならない」は、観客に伝わるものだ。「定型化した台詞」がよくないのは、その台詞と登場人物の感情に開きがあるからだ。

5)話していることと思っていることの違い(「サブテキスト」という)を意識しよう。「大嫌いだ!」という発言の真意は「大好きだ!」なのか、本当に「大嫌いだ!」なのか。

私の理解が足らず、間違っている部分もあるかもしれませんが、だいたいそんなところだったと思います。
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【2013/12/27 15:04】 | 観劇メモ | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
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コメント
ものすごく勉強になりました!
どうしてもスケジュール調整がかなわず、四国大会も見逃してしまい、辛い思いをしていましたが、こちらブログで作品の様子が分かり、少し落ち着きました。様々なタイプの素晴らしい作品が上演されたのですね。
演劇は、その場にいないと本当の感動は味わえませんが、雲南に続き、四国大会についても詳しい感想を書いていただき、心から感謝しています。
これは、なんとしても、全国大会に行かねばと、半年後のスケジュール調整に今からあくせくしています。
片岡先生が書かれた鴻上尚史さんの講評はとてもお勉強になりましたので、FACEBOOKのキラリ☆≡のページでも紹介させていただきました。
ありがとうございました。
これからも、たくさんの良い作品を観て、素敵な作品創りに活かしてください!
私も見習って頑張りますっ!!
【2013/12/27 18:47】 URL | Chi #-[ 編集] | page top↑
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2013/12/29 09:51】 | #[ 編集] | page top↑
2-1)が僕の意図とは違います。
そもそも、うまい演技とは、「日常的感情」と「意識的な表現」の二つの円が交わる部分のことです。ナチュラルな感情を維持しながら、意識的な表現ができる俳優を、うまい俳優というのです。ただ、「怒っている」という日常的な感情だけでは、棒立ちだったり、パターンだけの表現になります。そこに、意識的な動き・言い方を取り入れることで、「表現」となるのです。それは、「デフォルメ」だけではない場合もあります。逆にそぎ落して表現にする場合、とかです。
講評で言ったのは、このこととは違って、「サブテキスト」が明確でないまま、うだうだと過ごすことは日常では普通にあるけれど、1時間という制約のある物語では、はっきりと「目的」と「障害」を持つことが、面白い表現となる、ということです。
それ以外は、非常に簡潔に的を得たまとめです。
ありがとうございます。

【2013/12/29 16:47】 URL | 鴻上です。 #-[ 編集] | page top↑
鴻上先生、ありがとうございました
訂正、ありがとうございました。本文に「以下の鴻上先生のコメントを参照」と付け加えるようにしておきます。
【2013/12/30 22:11】 URL | 顧問Hatch #-[ 編集] | page top↑
Re: 転載させてください。
転載ではなく、リンクを貼ることをお願いします。
鴻上先生から訂正をしていただいていますし、そのほうがよいと考えます。
よろしくお願いします。
【2013/12/30 22:14】 URL | ブタ芸 #-[ 編集] | page top↑
記事を
記事をリンクさせていただきました。勉強になります。ありがとうございます。
【2013/12/31 07:32】 URL | be@岩手 #WCSj23LI[ 編集] | page top↑
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