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12月18日 雨のち酢昆布時々支えあいなり
こんばんは、サナです。なんだかすごく久しぶりなブログな気がします(笑)、そう感じるのは私だけでしょうか…。

さて、今日は発声練習をして、夏芙蓉の立稽古をしました。
今日はなんとなんと、ホリ先生から酢昆布をいただきました!本当にありがとうございます、先生!感謝感謝です!!実物の力って、すごいなぁと感じました。でも、私は酢昆布を一度も食べたことがありません。その理由は簡単、昆布が嫌いだからです(笑)。
しかし…今度機会があったら食べてみようかなぁと思います。

今日は、夏芙蓉を読んで感じた、「命」について書こうと思います。
戦時中は、「御国のために死んでまいる」といった言葉の通り、自ら命を絶とうとするのが普通でした。時は流れ、今は「命を粗末にするんじゃない」「命は自分で守る」などの言葉に代表されるように、「命」は自分自身で守るべき大切なものという意識が普通になっています。
あるドラマの主人公は「命捨てます」といいました。しかし、皆さん、「命は無駄にするもの」という意識は持っていませんよね?

よく先生や警察官の方は「自分の身は自分で守る」や「命を粗末にしないように」といいます。しかし、「命」を大切にするというのは、いったいどういうことなのでしょうか…。
私は自分の「命」を見たことがありません。それは皆さん一緒だと思います。普通、人は自分の「命」の形を知らないし、具体的にどんな場所にどのように存在しているのか知りません。そんな「命」を守ることについて、少しだけ考えてみました。

普通、人は1秒後、1年後などの未来や自分の寿命を完璧に知ることはできません。また、台風がいつ来るか、自信がいつ起こって津波がいつ来るのかも予測はできたとしても完璧に知ることはできないと思います。つまり、粗末にしてはいけないといってもいつ私たちは命を落とすかわからないのです。その中で私たちは形もどのように存在しているかもわからない「命」を守らなければいけないのです。

突然の自然災害や事故で、私たちは周りの人を助けることができます。助けるために自分が盾になることも可能です。しかし、自分の命を守るためにどうすればよいのでしょう。
盾を見付けるとしても、何らかの犠牲が必須です。自分の命を守るために人の犠牲も覚悟しておかなければなりません。

しかし、「自分の命を守ること=他人の犠牲」という等式が成り立つのはおかしい話ですよね。
自分の命は直接触って守ることができるものではありません。だからといって他人の犠牲を払うことはやってはならないことですよね。

私は、「自分の命=自分のすべて」だと思います。命を守ることはすべてを守り抜くこと。自分のすべてを一番知っているのは、自分のすべてを一番守り抜くことができるのは、自分です。
これからは、命を人と考えて過ごそうと感じました。しかし、守り抜くためには周りの力も必要です。「命」という漢字の上は人という漢字ですよね。人は支えあわなければ成立しません。つまり、命も支えあわなければ成立しないもの…こう考えてみると、「命」って深いですね。

さて、練習場所であるコモンホールはなんと、息が白くなるほど寒いです…!
皆さん、風邪をひかないように防寒対策しっかりとしましょうね!!
そして、けがには十分ご注意ください。明日はクラスマッチということで、けがをしないように!

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。以上、今日初めて酢昆布が偉大だと感じたサナでした(笑)!


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