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10月7日「天上天下唯我独尊」
こんばんは!マカです!!
秋も深まりを見せ、どんどん寒さを増していきますね!

そして、明後日からはテスト週間です(((ガクブル
最近勉強を怠っているので(まぁいつものことなんですが・・・)非常にやばいです・・・。

今日は、こばさんとChi先生がいらっしゃり、ダメ出しなどをいただきました。
そして、なんとマリのママさんとパパさんから鯛焼きをいただきました!
皆様いつもいつも本当にありがとうございます!!

鯛焼き!
ちょっとサイズおおきかったですね・・・。まぁ、おいしそうってことで!
実際、めっちゃおいしかったです!ごちそうさまでした!

午前中やったこと→ 発声 セリフ練習 1場 2場 通し
午後→ ごはん食べながらダメだし 家庭の泣くところ 二回目の演劇部 

~ダメ出し・改善点から書いていきます~
要約して、重要なところや忘れそうなところだけ書けたら良いのだと思いますが、無理そうなので全部書きます・・・。

ルート
・「疲れたお母さんの~」唐突すぎ もっと溜めがいる
→ここで、耳をふさぐのではなく、頭を抱える
・「授業評価アンケート~」もっと大きく、はっきり
・「15歳でゲームオーバー~」たんたんと ため息
・「仕方ないよ。私もば華麗~」 明るく言って良いけど、もっと諦めの感じを入れる
・「任用とかは~」動きとセリフがあってない 考えてるはずなのに
・「そんなことのために」もっとはっきり
→理の反応がいる
・理の長ゼリの間の演技 理を覗き込む


・「俺そんなこと言ってた?」 もっと気付く瞬間が必要・考えてる感じがしない
・「俺はお前とは違う。」 もっと諭すように わかって欲しいという気持ち
・一樹と理の言い争いのとき、「だって」という言葉がなぜか強い 
・「邪魔せんでって言いよる~」 早めに入る ばあちゃん・パネル待たなくても良い

家庭
・物干し竿の位置理とお母さんとできっちり決める
・蛇口の位置が低い
・母が泣き出したら、祖母頭なで続ける
・「毎日おかしなみそ汁~」祖母、「おかしな」という単語に反応

演劇部
「たとえ無駄でも~」ゆっくり言わないと何言ってるか分からない
・「不思議だよな」の後一樹を花が追いかける(次の動きが自然に見える程度まで)
・「だよねー。もっとオシャレな~」のセリフの最後にノートパソコンのディスプレイをたたんで一樹の顔を見る←一樹はイライラする
・「ひどい有芽先輩~」・「ごめん、有芽も知らなかった」泣きすぎでなんていってるのか分からない

教師
・草枕 最初の石投げるシーン 落ちるまで石を見る
・占中八策の同時進行の職員室で、秦と佐藤の会話にもっと草枕が反応する
・5場で秦先生の立ち位置がかぶる
・白金、メガネ掛ける

授業仕分け(四隅のシーン)
・有芽横向きすぎ
・四隅、理の「先生、僕たち先生の授業を受けていて~」のセリフに対して驚く←それは自分達しだいでしょう!?って感じで
・有芽がキレたとき、周りの人は有芽が勉強のことを話したことに対して驚く

OP →もっとやるべき
・花形君に意味を感じない →かっこ良さそうな感じが出てない
              止まる瞬間を作るべき
              早苗ともっとイチャつく

そのほか
・一樹「チャンスってなんだよ~」・「お前みたいな~」・「自分だけは大きい~」(「生徒会ってのは~」←演出で変わる)強く、抜いちゃダメ 声を飛ばして
・有芽「日東駒専・大東亜帝国~」の「専」に反応してバッと起きる

・ルートの母・海兵隊員のところを抜くべきかどうか

・パネルからもってる人がはみ出さないように注意する!

通しの前に準備をしっかりする! 忘れ物の無いように。

不備などありましたらすみません・・・。


そして、今日はこばさんとChi先生による演劇に対する考え方についての熱いトークが聞けました!!
私自身、聞いていてすごく考えさせられたので、少し書かせていただきます。聞いているその場でメモが取れなかったので、語弊や、解釈の違いなどあるかも知れません。力不足ですみません。

こばさん
・勝ち負けのために演劇を創るべきじゃない
・勝つための舞台ではなく、楽しむ・楽しんでもらうための舞台作り 自分自身も舞台づくりを楽しみたい
・勝つことは結果であって、過程の段階で勝敗を持ち込むべきではない
・演劇部のシーンで演劇勝敗について、言うべきではない
 →われみそのなかで、演劇が勝つためにやってるかどうかについての描写があるが、それを入れるのは勝つことが全てのようで嫌だ

Chi先生
・勝つためにやっている
 →でも勝つことが全てではない。
また、勝ちを目指すことによってより努力できる・勝ち進めばより多くの人に見てもらう事が出来るから。
・勝ち組or負け組のことをどうにかしようとするこの作品に、演劇を勝つためにやってるかどうかのくだり(花と一樹の意見の対立構造)は必要だ
・勝つためにやっている部員は居ると思うし、現に、Chi先生は勝ちを目指していた
→勝ちを目指す人もいれば、そうでない人もいる、いろんな考え方があって良いのではないか
・勝ちのように確実に周りに認められたと知りたい!

私にも少し思うところなどあるので、僭越ながら書かせていただきます・・。

こばさんの勝ちたい気持ちで演劇を頑張ることを全否定することには賛成できません。
(全否定しているつもりは無いのかもしれませんが、私にはそう聞こえました。)
やっぱり、勝敗があるからこそより努力できる、という面も少なからずあるので・・。

また、楽しんでやるということも、大切だと思います。
自分が楽しんでやるからこそ観客にも楽しんでもらえる、逆に自分が本気に、真面目にやるからこそ観客に楽しんでもらえる、どちらの考え方も正しいと思います。
でも、どうせなら楽しんでやりたいじゃないですか!
練習は辛いことも多いですが、同じくらい楽しい事もあるし、演じていて思う通りに出来なかったところが出来るようになったり、たまに褒められたり(滅多にないですけどね・・・笑)するとすごくうれしいですよね!?
がんばってがんばって、本番がおわって達成感を味わいたい!
だから私は演劇をやるんです!

そんなことを言っても、言葉を巧く言い換えてるだけで、キレイゴトでしょ?と言われてしまえばお終いなんですけどね。
出来なかったことを出来るように頑張る、褒められたい、達成感を味わいたい....
全て認められたいことの表れですからね!

私は 認められたい≒勝ちたい だと思ってますしね!

結局、私は楽しいから演劇やってます!辛いこともありますけどそれだけならもう辞めていたと思います(笑
もちろん勝ちたい気持ちもありますよ!

さて、今日の題名は「天上天下唯我独尊」です。
この言葉には、これ以外にもいろいろな解釈がありますが、そのうちのひとつを紹介します。

この言葉は唯我独尊とは違い、「自分が一番えらい」というような、うぬぼれの意味では使いません。
これは、釈迦が生まれてすぐに言った言葉で我は世界のうちで最もすぐれた者であるの意で、ここで言う「我」とは私たち一人一人を指しているのだそうです。

この世の中で、みんなそれぞれにお互い自分というのは、かけがえのない尊い存在であり、かけがいのない尊い命であるということです。

知人、友だち、家族すら私ではない、いうなれば他人、私以外であるわけだから、考えの違いがあるのは当然のことだと思います。
相手の意見が自分からみて正しくなかったとしても、たとえ理解出来なかったとしても、否定するのではなく、歩み寄り、尊重できたら良いですね!

書きたいことがまだある気がしますが、とりあえずこんな感じです。
皮肉と思われた方がいらしたらすみません…。
それではこの辺で。


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【2012/10/08 00:11】 | 日記~2012県大会 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
<<10.8 「感情をかんじよう」 | ホーム | 10月6日 (土)「自己管理」>>
コメント
いろんな考え方があるよね
マカ、1年生のあなたが、きちんと考えを持っていて、それを表現できるのはすごいことだと思います。
私が、ずっと勝ち負けだけを気にしてきたように誤解されていますが・・・実際、負けず嫌いではありますが・・・。常に勝つためだけにやってきたわけではないことを理解してもらえると嬉しいなって思います。

創部2年目で、初めて、「空いろの花」で中国大会に行ったときも、育休復帰後「ぼくんち」で初めて全国大会に出場したときも、「本当に私達が行っちゃって良いんですか?」って感じでした。
「報道センター123」も第二子の育休復帰後、演劇を創れるのが楽しくて、楽しくて仕方ないって感じで創ったものです。「全国大会に出場して、小泉首相に見て欲しいね?」って夢物語で語ってはいたものの、中国大会で見た一宮高校の「HERO」の素晴らしさに圧倒され、「私達が行ってもいいの?」って部員たちと話し、大会後、「HERO]の作者の國米くんと手紙をやりとりしました。
さらに、これまた第三子の育休復帰後、そして私自身の闘病後に創った「カツッ!」も、演劇に没頭出来ること自体が幸せで、幸せで・・・もちろん創作の最中は苦しいこともいっぱいあったのですが、部長のナオも大会の舞台では、常に「楽しむために演じる」と言っていて、勝敗など全く気にせず、大会に臨んでいたのです。
私も、すでに華陵での在籍期間が長くなっていて、異動すべき時期だと考えていましたし、全く全国大会を目指してなどいなかったのです。
そして、毎回のことながら、中国大会で見せられる作品はどれも素晴らしく、特に三刀屋高校の「水底平家」のすごさに言葉を失い、岡山操山高校の「until」に心をぎゅっとつかまれて、同じ舞台に立てただけで、十分幸せだったと、部員たちと確認しあったのです。
でも、「カツっ!」が中国ブロック代表として選ばれました。勝ちを歓ぶより、傑作揃いの中国ブロック代表として全国に出場するプレッシャーの方が大きく、全国大会で恥ずかしくない演技をするために何をすべきかどうすべきかということが頭から離れなくなりました。その使命感の強さと妥協の無さが、勝ちにこだわっていると誤解を招いてしまったのかもしれません。全国大会以降、あちこちで耳にした華陵に対する批判は、全て私の不徳の致すところです。
全国最優秀をいただいた後は、さらに大きな重圧に苦しみました。
NHKで、舞台の全編が放送されるのは、最優秀校一校か、全くないかだと言われて、私たちの上演の出来が、その年の高校演劇のすべてを語ってしまうと思うと、眠れなかったし、上京しても、部員たちに、休みも与えず、観光もさせず、ひたすら練習ばかりさせてしまいました。
全然、楽しませなかったですね・・・。
でも、すべてが終わったあと、舞台で演じること自体が楽しかったと部員たちが言ってくれてとても嬉しかったです。
国立劇場の檜舞台の袖幕ぎりぎりまで出て、正座をして、彼らの最後の公演を見守った感動を、今も鮮明に覚えています。
あの感動のために、創作の産みの苦しさがあったのだとしみじみ思います。

簡単に勝敗というと誤解を招きますが、次の大会で、また演じられること、そして多くの方に見ていただき、「良かった」と認めてもらえる達成感にこだわっているのだと思います。
演じるチャンスを再びいただき、もっと多くの方に見ていただくために、常に上位大会を目指してきたのだと思います。

逆に、勝敗を気にしてしまったのは、負けたときです。
「Click Click」 や「Worry Worry WOW!」の敗退が、どうしても認められず、長い期間苦しみました。
作品が、全否定された気がして、立ち直れませんでした。
もしかすると、どちらの作品も、全国の舞台を夢見た邪な思いがあったからかもしれません。
全国に再び華陵ワールドを!なんて、傲った気持がなかったと言えばうそになります。
そこが、「勝敗にこだわっている」と言われてしまう原因かもしれません。
勝ちにこだわったことはありませんが、常に、負けにはこだわってしまっていました。

先日、福大附属若葉高校のダンス部が、創作ダンスの全国大会三連覇をかけて、そして、顧問の先生の定年退職前の勝利をかけて、努力する姿をテレビで見ました。結局、最優秀はとれなくて、優秀賞に終わったとき、先生が、
「完璧な演技をしてくれたときは、とらせてやりたいんですけどね。完璧にやって勝てなかったときは、指導者が悪いんです。」
というようなことをおっしゃっていて、心打たれました。

そして、自分のこれまでの負けに対するもがきの見苦しさを反省いたしました。
あのときのもがきはこのブログ上にまだ残っているはずですが、「負けはすべて私に原因があります。」と潔く言える顧問でありたかったなと思います。

せめて、不様な顧問の生き方を反面教師として、多くの優秀な部員たちが育っていってくれることを祈らずにはいられません。

今のぶた芸は、新しく顧問についてくださった吉村先生もとてもセンスがよくて、素敵なアイデアを出してらっしゃるし、片岡先生、指導者のシン、トキやチカを中心に、とても素敵な演出が出来てます。
その創作過程は、とっても楽しそうで、決して過程をおざなりにしているという風には見えません。
むしろ、地元で開催される中国大会に出演したいから、県大会に勝ちたいと頑張っている姿は、とても好ましいものに見えます。

さらに、素敵な作品になるよう応援しています。
たくさんの観客の方々に観てもらえるといいですね。

県大会の日程を知りたいので、プログラムをアップしてもらえませんか?
【2012/10/08 08:43】 URL | Chi #-[ 編集] | page top↑
一年生はすごいですね。自分の考ええを文章にたたき込めるのはすごいとおもいます。僕は今でも文章は苦手です。

勝敗は高校演劇の大会にはからんできますね。それを考え始めたのはワリワリワオが終わってからでした。

僕自身もワリワリワオが中国大会で負けた時、とても悔しくてその瞬間は茫然自失でした。帰りの電車は車輪の音だけがうるさかったのような気がします。僕は入賞をのがして確かに悔しかったんです。今もその気持ちは心の中にありますし、中国大会に出場してやるともおもってます。

勝敗至上主義という言葉を僕は最近みました。僕が知ってる人にそんな主義者はいないと信じてます。
勝敗だけじゃないのは皆気づいてるし、知ってるはずです。三月に招待公演をした時確かに僕は勝敗なんかじゃないものを感じました。負けたけどまた人に観てもらえた作品。他校の既成作品を理解し自分流に昇華する苦楽。感動した作品をやってみたい!と思う気持ち。何年たてども色褪せないもの。
あの瞬間に演劇の素晴らしさを感じました。


僕にとって勝ちは、立看板じゃないかなとおもってます。目指すものとして・何かを始める起爆剤としてあっていいと思います。

【2012/10/08 23:25】 URL | とき #-[ 編集] | page top↑
通しの前の準備は大切ですよー。昔、アトリエ公演で「リンゴを持ってくる八百屋」の役者が、リンゴを忘れてくるという悲惨な事件があってだね…。苦笑

勝ち負けにこだわった作品づくり…わりと度々論争になる議題ですね。Chi先生のような強烈な負けず嫌いは脱帽ものです。すごいなぁ、ああはなれないなぁ、と思ってから、もう10年経ちます( ´艸`)

どちらの考え方も正しい、というあなたの言葉はその通りだと思いました。みんなその狭間で右往左往するのです。どちらも正しいのに、時々その二つは互いを否定してしまうからね。まあ、その間で折り合いのつく落としどころを見つければ、後は楽なんだと思う。ただ、その場所は人それぞれ違うから、押しつけあえば結局また揉めるんだけど(笑)。

私なら、作品を次のステージ次のステージに進めていきたいと思う。長い時間をかけて改善していきたいから。そのためには勝つことは必須項目。だから、「勝つための工夫」も必要になってくる。多少打算的だけど。まぁ、その打算が全面に出てきたら、やる気失せるけどね!(゚Д゚+)

…自分自身で、いい落としどころを見つけてください。
【2012/10/10 04:29】 URL | いせ #DhuRAo1g[ 編集] | page top↑
コメントの返信、遅れに遅れて本当に申し訳ありません。
ありがとうございますっ!とてもうれしいですっ!!

どちらも間違ってないはずなのに矛盾してしまう・・・人間って難しいですね・・・。
次のステージへ繋げる・・・。そうですよね!
この劇を、この役を演じていたい、思いを届けたいって言う気持ちは大きいですからね!

いせさんの考えが聞けてとても考えさせられました!ありがとうございます!!
【2012/10/29 22:32】 URL | マカ #-[ 編集] | page top↑
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