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3月24日 「田布施座公演感想」
こんばんは、2日連続で失礼します(笑)、サナです。今日は行ける人のみで見に行った田布施座さんの「赤い取調室」という舞台の感想を書きます。

刑事ドラマが好きな私にとってこの作品は非常に楽しめたお話でした(タイトルを見た瞬間にこれは楽しそうだと…)。
この作品は一人芝居でした。この作品の中には、たくさんの人物が出てきます。演じられている方は男性ですが、女性の役も演じられます。もちろん1つのシーンで3人くらい人が出てきます。その人物は全く違います。しかしその違う人物になる切り替えが素晴らしかったです。

真犯人ではない被疑者とその被疑者を犯人に仕立てようと誘導する警部たち…。被疑者は警部が関係者から聞いた話を少し変えながら話す話を事実だと思い込みつなぎ合わせあたかも自分が犯人であるように話すものの、警部にそれは嘘だといわれ誘導されるままに答える、赤ずきんをなぞった殺人事件の取り調べのお話です。

赤ずきんをなぞっているところは、腹に石を詰めた、というところで気づきました。しかし、真犯人は言われるまで全く想像できませんでした。また、最後の展開も全く予想していなかったもので、気持ちよく裏切られた、また自分の想像の何倍も上をいく素晴らしい脚本だったと思います。

その中で私が一番注目した点は、警部の取り調べ方法です。
上手く吐かせる状態を作り、自白させる部分。見逃してほしいと頼まれたことを専門外だからと目をつぶる部分。誘導し、被疑者を真犯人と仕立てあげる部分。真犯人とするために関係者の事情聴取でわかったことを、被疑者が真犯人となるのに有利なように変え、被疑者に話す部分…。
最後の展開を知った今では納得がいきますが、実際にはあってはならないことです。

警察官というと、人々の安全を守ることが仕事です。もちろん、犯人であっても守らなければならない…。
だからこそ、いかなる事情があっても悪いことはきちんと悪いと判断し、報告するべきです。私情を挟んではいけないとは少し違いますが、今回の話のように専門外だから、と目をつぶるのはやってはいけないことですよね。
切り捨てることに勇気はいります。しかし、警察官であればやらなければならないことだと私は思います。

人を疑うことが警察の仕事です。検挙率を上げることも仕事の一環です。
しかし、すべてを疑うことで事件が解決するか、と言われたらそうではありません。時には人を信じることも大事なのかなぁと思います。
疑いすぎると物事は一方向からしか見ることができません。しかし、視点を変えてみることでまた新たな推理が生まれる可能性もあるわけです。
見る方向を変えると何か新しいものは見えてくるというのは警察官の方だけが使えるものではありません。むしろ、日常生活のほうが使えるのではないでしょうか。

この作品を通してこれから生かせるなぁと思ったことは「人を信じる力」「聞く力」です。
人を信じられない時、人を疑いすぎてなんだかわかんないといったことがよくあります。疑い続けて疲れるといったこともよくあります。
人を疑うということはしょうがないことです。しかし、疑いすぎると人間不信に陥るなんてことも考えられます。
人というのは1発ではわからないものです。何度も話して素を知り、やっと「この人ってこんな人なんだなぁ」と理解できます。

見た目だけで「性格悪そうだからいやだなぁ」と考えるのではなく、何度も話したり班活動などを一緒にしたりなどして本当の相手を見つけ出すことが大事になってくると考えました。

また、この作品では、被疑者の意見を無視し警部が突っ走るということが多かったです。
相手の意見をすぐに「違うのではないか?」と決めつけるのではなく、相手の発言をよく聞き、自分の中で理解して自分の意見を発するべきなのかなぁと考えました。

相手の意見をしっかりと聞くこと、人を信じることは平和への第一歩にもなると思います。聞かずに自分の意見を発するために相手との関係がこじれるという可能性も否定できません。
これは今の国同士の問題だけでなく、人間関係の問題にも代用できるのではないでしょうか。

これらを念頭に置き、これからもがんばります!

今回の舞台、本当に素晴らしかったです!!ありがとうございました!!

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。以上、サナでした!
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【2014/03/24 21:59】 | 観劇メモ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
3月16日 劇団キラリ☆彡さんの舞台。
こんばんは!今日のブログはナナです。
最近、疲れているのにちゃんと寝れていなくて睡眠不足です…。
体を壊さないように、体調管理しないとですね笑


今日はスターピア公演本番でした!
今までの舞台と比べてホールの響きがとてもよくてビックリしました(゜゜)
私達の公演の前に劇団キラリ☆≡さんの公演がありました。
私は今回その感想を書かせて
もらいます(^0^)/

初めから終わりまで、テンポが良くてすごく興奮しました‼
また、それぞれの心情が鮮明で、どんどん引き込まれていくようでした。
そして何より、声が通っていて、それぞれの思いが込められているのが印象的でした。
叫ぶシーンでも、ただ叫んでいるのではなく、何と言っているかはっきり伝わってきたし、どういう思いで言っているかまで伝わってきて、すごい…と思いました。
舞台を見て涙したのは初めてかもしれません。
感動の連続でした。
この感動を無駄にせず、これからの自分に必ず生かしていきたいです。


今日は皆さん、おつかれさまでした!
明日からはまた新たな気持ちで頑張ります!
【2014/03/16 22:47】 | 観劇メモ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12/30(月) 四国大会感想
 お久しぶりです!サイです。
 遅れましたが、四国大会の感想です。
 1.上演1 リツル・ウィメン~きよちゃんと私の若草物語・梅干しを探して~
   きよちゃんが「誰がうちの梅干し取ったんじゃー!」と言って、お弁当のフタにくっついていたシーンは、自分もやりがちだなと反省しました。また、高校生時代のきよちゃんと、今のおばあちゃんのきよちゃんという過去と現在を織り交ぜた形のお芝居でした。「死んだ人にはどうやって許してもらえるか」がテーマのように感じました。自分がその人の分まで生きて償うしかないと思いますけど……。
 2.上演4 鬼ぃさんといっしょ
   個人的に二番目に好きだった作品です。おばあちゃん役の人たちがほんとにおもしろくて、上手でした。ダンスがとても印象的でした。桃太郎といえば「いい人、ヒーロー」というイメージがつきものですが、この桃太郎はとても人間くさい桃太郎でした。誰しもがもつ表裏。それは桃太郎もいっしょである、という意味なんでしょうか?個人的には田舎をバカにされたのが、とてもいやでした。(私の家の周りは未だに雪がとけてません)また、金太郎が都会に憧れる気持ちはものすごく共感できました。別にこの地域が嫌いってわけではないですけど……。
 3.上演7 銀河鉄道の夜
   言わずと知れた、宮沢賢治の名作です。原作もよみましたが、どうも難しく感じてしまいます。お芝居のほうがわかりやすくなっていたと思います。私は、宮沢賢治はジョバンニより、カムパネルラのほうを主人公にしたかったのでは?と思います。お芝居では、ピアノやバイオリンの生音が入っており、効果的でした。ただ、選曲は「アメイジング・グレイス」じゃないほうがよかったかな?と思います。ボックスが六角形で、おもしろいなと思いました。その中で一個だけ違う色のボックスがあったら、ジョバンニの孤立感がもっとでていたと思います。
 +αでもう一個書かせていただきます
 4.上演8 問題の無い私たち
   一番好きでした。エンターテイメント性があって、ミュージカルのようなお芝居に感じ
ました。「高校演劇とはいったい何なのだ?」というテーマが素直に表れていました。また、審査員のみなさんに喧嘩売ってるようなもんだなと思いました。高校生はみんな共感していたと思いますけどw。創作するなら、こんな風にみたあとにすっきりする作品が作りたいなと思いました。初めの部分で「あ、よくある演劇部内の衝突ね」と決め込んでいた私が馬鹿でした。この場をお借りして心よりお詫び申し上げます。
 四国大会、ものすごく勉強になりました。「ピンスポ使いたいー!ホリの色変えたいー!」っていうのが一番思ったことですかねw。新人大会も照明なので、今回勉強したことを踏まえてがんばります!
 今回の担当はサイでした!!
【2013/12/30 13:54】 | 観劇メモ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12/29[四国大会感想ver.タマ]
こんにちわ、タマです。
遅くなりましたが四国大会の感想をば。
みんなで分担して、それぞれ3作品の感想を書かせて頂きます。

来年の全国大会出場校さんの作品は、ネタバレを含みますので一番最後に書かせて頂きます。



上演3 土佐女子高等学校演劇部
[雨上がりの自由律]
≫昔、児童クラブで幼い子供達とその先生が過ごした家が取り壊されると聞いて、大人になった四人の女性がその家に集結する。昔の思い出話や今の現状などを語り合い、これからに向かってまた歩み出していく...というお話。

≫セットがとても細やかで、[年月が立ちボロボロになった家]、というのがとてもわかり易く、今にも埃が立ちそうな素晴らしいセットでした。登場人物の一人である、[美玖]が幼い頃に描いた[河村の絵]や、子供達が遊んだであろうおもちゃの数々。それらを手に取りながら、四人が昔を思い出し、進んでいくストーリー。

≫四人は、仕事を持っていたり、家庭を持っていたり、大学で絵を描いていたり、またはバイトをしていたりとそれぞれがそれぞれの人生を生きている。そんな中、再び集まったこの家で15年後の自分へ宛てて書いた手紙を見つけ、昔の自分が将来やりたかった事や想いを改めて思いかえし、今の自分の悩み、不安を乗り越えていく。
昔の自分というのはなんの苦労も知らず、夢ばかり見ているもので、そんな自分の手紙を読み返すとすごく恥ずかしくなりますよね。でも逆に、その純真無垢な言葉が励ましとなることがあるのかもしれません。この作品は、人生経験が長ければ長いほど考えさせられるものがあるのではないかと思いました。


上演6 徳島県立富岡東高等学校羽ノ浦校演劇部
[夜帰(やき)]
≫文化祭前の夜の教室で、演劇の小道具を展示する演劇部と、1人で鉄道同好会を開き電車の模型を組み立て試走させている男子生徒。演劇部員の仲間割れと、男子生徒の「出戻り」疑惑。リアルな教室のセットと男子生徒の醸し出す不思議な雰囲気でゆっくりと進んでいくお話。

≫この鉄道好きの男子生徒が、友達との家出未遂の様子を語る際、教室の床に組み立てられていた電車とレール、家の模型を使って語るのですが、その方法がなんと教室の証明を暗くして、実際に灯りをつけた電車を走らせて語るというもの。それによって出来る影と、男子生徒の語りが絶妙にマッチして、自分もその時、同じ電車に乗って体験しているかのようでした。

≫お話の中で、「家出して、考えて戻ってきた」というようなフレーズが出てくるのですが、その「考えて」というところで、[根拠のある自信]と、[根拠のない自信]の話も絡んできます。男子生徒は、「自分は[根拠のない自信]しか持つことができないからこそ、その自信にかけてみたい」という考えを持って、帰ってきました。でも、[根拠のない自信]と訴える男子生徒の言葉は、何故か強く、説得力を感じさせるものでした。
ラストにその言葉が揺らいでしまうようなことがあったのですが、しかし彼は考えて、きちんと戻ってきます。
何を考えていたのか、まだ私は考え中です。深いお話でした。


最後に、来年の全国大会に出場される高校さんの感想を書かせて頂きます。
ネタバレを含みますので嫌な方はスルーなさってください。



上演9 愛媛県立松山東高等学校演劇部
[夕暮れに子犬を拾う]
≫キャストもスタッフも全て二年生で上演された作品。来年の、部の存続が心配です。しかしクオリティはとても高く、キャストさんは皆素晴らしく上手かったです。

≫何処かの公園と思われる舞台。そこに、いじめを受けている山本ミーナと、その人を守るために集まった3人の仲間。[山本ミーナを守る会]、略して[やままも会]を、ミーナを含む4人で結成する。結成当日の夕暮れ、ダンボールに捨てられた子犬を拾い、公園で飼うことに。飼ってくれる人を探しつつ、ミーナを守る日々。

ある日、その会の存続が怪しまれるほどの深刻な事実が明かされる。

≫前半はボケとツッコミが炸裂した、テンポが良く非常に楽しいもので、ラストになるにしたがってトントンと怪しい雰囲気が流れ出します。全体として非常にまとまっていて、流れがわかり易く、また現代の高校生によくある「いじめ」が話の筋になっているので、とても感じやすい、感情移入しやすい作品でした。

よかれと思って自分の決めた道を真っ直ぐに進んで行こうとするサオリや、そのサオリが暴走しだしたら全力でとめると誓うリナ。暴走する前に引きたくない手を引いて去って行くトモカ。どんどんバラバラになっていくのを観ていて、とても辛かったです。また、ミーナは過去に、今いじめを受けている人を逆にいじめていたことがあり、それは自分の意思でないにしろ引き返せない事実となってミーナに襲いかかってきます。

加害者が被害者に。どちらからともなく始まったこの[戦争]は、この先どうなっていくのか。片岡先生はこの作品に、国際情勢を見た、と仰られました。まるで日本やアメリカを見ているようだと。
また、サオリは最後まで、やはり一人のままになっていくのか。
とても考えさせられるお話でした。




以上で感想を終わります。
松山東高等学校さん、全国大会頑張ってください!
【2013/12/29 16:30】 | 観劇メモ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
四国大会に行ってきた(2)
顧問Hatchです。

全ての上演が終わった後、審査委員長の鴻上尚史氏による講評が行われました。私なりに理解した、氏の発言をまとめます。

1)演技で最も大切なのは、「リラックス」である。リラックスするためには、「自意識」から自由になることが必要不可欠で、それを実現するためにはスタニスラフスキーも言うように、「与えられた状況」、つまり自分の演じる役が

 A)どんな性格で何が好きで、過去にどのようなことをし、これから何をしようとしているのか
 B)厳密にいつの時間に存在するか(「夕方」とあるなら、それは何曜日の夕方で、どんなことをした後の、あるいはする前の「夕方」なのか)
 C)厳密にどの場所に存在するか(「繁華街」なら、それは大都市か地方都市か田舎の町か)
 D)幕のあがる前には何をしており、暗転中にはどんなことをしており、終演後に何をするのか

を可能な限り想像し、自意識の居場所を奪うことが重要だ。

2-1)演劇とは、日常を舞台上で少しデフォルメしたものである。「ナチュラル」がよいという人もいるが、「日常」を舞台に乗せても何も面白くないし、観客はそれを見たいとは思わないだろう。(鴻上氏による訂正あり:コメント欄を参照)

2-2)演劇とは、自分の感情と出会う行為でもある。ある役を演じながら、日常では遭遇しない状況で自分がどのように感じるのかを学ぶことができる。

3)どの役にも、舞台上に存在する目的(≠動機)がある。動機は演じられないし、目的も「地球を救う」というような漠然としたものは演じられない。しかし、「具体的な目的」(地球を救うためには環境を汚してはならない。環境を汚さないためにゴミ拾いをする)は演じられる。具体的な目的と、それを阻む障害(人物や出来事、時間的制約、等:「愛する人の善意」が障害なら、演劇的には最高)によって、登場人物の動きが決まっていく。その「行動」を通して、登場人物の葛藤を描いてほしい。

4-1)演技とは、「聞くこと」であり、「台詞の決まっているアドリブ」である。順番通りに台詞を言うのは難しいことではない。しかしそれは「言われたことを舞台上で復習している」だけであって、演技ではない。

4-2)演技とは「自分と別人を演じる」ことではなく、「自分の別の可能性を演じる」ことである。したがって、自分のもっている感情と演技上で「感じているはずの感情」は地続きでなければならない。上手な役者はこの二つの「感情」の距離感が分かっているため、自分の言葉として台詞を発することができるし、自然な動きで反応をすることができる。「~しなければならない」という気持ちでその動きをしてはならない。その「しなければならない」は、観客に伝わるものだ。「定型化した台詞」がよくないのは、その台詞と登場人物の感情に開きがあるからだ。

5)話していることと思っていることの違い(「サブテキスト」という)を意識しよう。「大嫌いだ!」という発言の真意は「大好きだ!」なのか、本当に「大嫌いだ!」なのか。

私の理解が足らず、間違っている部分もあるかもしれませんが、だいたいそんなところだったと思います。
【2013/12/27 15:04】 | 観劇メモ | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
四国大会に行ってきた(1)
久しぶりの、顧問Hatchです。

部長のタマから「全体の感想を書いてください」と言われ、どうしようと戸惑いつつ、とりあえず書いてみました。とてもまとめきれるものではありません。が、あえて強引にまとめるとすれば、「深く考えて作る、作りながら考える」という、当たり前のことを高いレベルで実践しているのだな、と実感させられた、とでもなるのでしょうか。とにかく、発見の多い2日間でした。

大会では、「現代の高校生」ではない登場人物を中心に据えた作品が5つ、「現代の高校生」を中心に据えた作品が4つありました。高校演劇の分類で言う「既成」は4本ですが、このうちの2本は顧問や部員の中に外部コーチが入っているためにそういう分類になるもの、1本は童話を潤色したものでした。

ではまず、「現代の高校生」ではない登場人物を中心に据えた作品から。
松山東雲と鳴門の作品は、2013年を生きる自分とはつながりにくい「登場人物のいた時代」や「登場人物の持つ『生き残ったことに対する罪悪感』」について考え、話し合い、それを登場人物の身体を通して表現しようとしていていました。前者は被曝後の広島について、後者は神戸の震災について、かなりの調査が行われていることが伝わってきました。
土佐女子の作品は、自分とはつながりにくいであろう「27歳の女性」の現状と未来への不安を、完成度の高い舞台装置とあわせ、よく表現できていたと思います。
丸亀の作品は楽しくも哲学的で、「何を喩えているのだ?」と考えさせられました。舞台を作っていく上で、台本の意図について様々な疑問点が出され、それについて多くの話し合いが行われたと思われます。
高知追手前の作品は、限られた舞台空間の中で宮沢賢治の世界をどのように表現すべきか考え抜いた結果であると思います。「六角形の白い椅子」は何を意味しているのか、未だに考え中です。

次に、「現代の高校生」が中心の作品を。
川之江の作品は、コミカルな会話の中にいじめの話題を少しずつ挟み、傍観者であることを選択した生徒が問題と向き合おうと決意するまでを描いていました。高校生と「いじめ」との距離感が丁寧に表現されていました。
富岡東羽ノ浦の作品では、部員に自分の脚本を使ってもらえなかった女子生徒と家出を試みた男子生徒が、会話を通して自分を客観的に見つめ直し、前向きに進み始めるまでを、精密に作られた舞台装置と考え抜かれた照明の中、描かれていました。
観音寺第一の作品は、高校演劇の審査システムや「高校生らしさ」についての疑問や、「演劇大好き!」という思いをストレートに伝えるものでした。顧問の先生と部員で「リアルな高校生」像を作り上げていました。はじめて自分の言葉で自分を語ろうとする女生徒の姿が印象的でした。
松山東の作品は、「いじめられっ子」を守ろうとするクラスメートが、様々な情報に翻弄されつつ「正しいことって何?」と悩み続ける姿が、おそらく現在の国際情勢とダブらせる形で描かれていました。役者の台詞は内面化されており、相当の試行錯誤があっただろうことが分かりました。

これら四国大会に出場した各校の作品は、それぞれにオリジナリティのある、非常にバラエティに富むものでした。冒頭にも書いたように、「考える」という点についての四国のレベルの高さを感じました。とても充実した時間を過ごすことができました(運転疲れた)。
【2013/12/27 15:02】 | 観劇メモ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12月26日 高校演劇っていったいどういうこと?
こんばんは、サナです。今日四国大会が終わり、やっと山口に帰ってきました。長旅お疲れ様でした…片岡先生、ありがとうございました!
今日は、9つの作品の中から3つの作品についての感想を上演順に書こうと思います。かなり長いですが、ご了承ください。

上演2:徳島県立鳴門高等学校演劇部「その街の高校生」

「生きてるって、ひどいことやな」
皆さん、「震災」と聞いて真っ先に思い浮かんだものは何ですか?多くの方はきっと記憶に新しい「東日本大震災」が思い浮かんだことだと思います。しかし、この作品で描かれている「震災」は、「東日本大震災」ではありません。今の高校生が生まれる前に起きた、「阪神淡路大震災」です。
主人公は、阪神淡路大震災で友人などを亡くした女性の先生です。その先生は、係で防災マップを作っています。東日本大震災が起こり、日本人の防災に関する意識は高まっています。そんな中、先生は防災マップを作っていました。「阪神淡路大震災」を経験した者の使命です。
18年経った神戸に、震災当時の面影はもうありません。あるのは、たくさんのお店やビルなどです。震災から復興し、変わり果てた神戸のように、私たちの生活はどんどん便利になっています。もう、パソコンや携帯電話がなかった時代の面影などありません。むしろ、現代の人たちにとっては、「ある」ことが当たり前。神戸だって「都会」が当たり前なのです。
こんな状況を、18年前に震災で亡くなった先生の友人は、幽霊となってみました。友人たちは、成長に驚くとともに、悲しみました。あの日のことを忘れているような気がして。
現代の高校生は、阪神淡路大震災後に生まれました。だからこそ、身近な「震災」といえば東日本大震災です。しかし、東日本大震災後に生まれた高校生もいずれ出てきます。知らないからしょうがない、で終わらせてよいのでしょうか。
人はたくさんのことを経験します。限界のある人間の記憶…限界があるから忘れてしまう、で終わらせるわけにはいかない問題ですよね。
この経験は、未来に語り継いでいかなければいけません。今、防災意識が高まり、皆で防災について考える機会が増えていますよね。しかし、そんなに大切なことが人間の記憶に限界が来て消えていいのでしょうか。
この経験を消さないために、もう一度状況を再現するなんてことはできません。私たちができること、それは未来に語り継いでいくことです。阪神淡路大震災も、東日本大震災も、忘れてはいけません。それを忘れ、のうのうと生きている私たちの残酷さを改めて思い知りました。

上演5:愛媛県立川之江高等学校演劇部「読書感想文戦争」

「言葉は不思議」「書いた言葉が私の思い」
読書感想文というと、夏休みの宿題として多くの小中高校生が悩み、苦しむ課題の1つですよね。このお話はそんな読書感想文を巡っての先生と生徒の会話が描かれています。
読書感想文の書き方は、年を重ねるごとに意識しなくなってきますよね。しかし、この作品のおかげで読書感想文の書き方をもう一度見直すことができました。
この作品には、読書感想文だけが問題ではありません。謹慎処分を受けた男の子の問題があります。
その男の子の問題についてクラスではアンケートがありました。しかし、主人公のあいはそのアンケートに問題については何も知らないと答えました。彼女は答えた人はいないと思っていましたが、答えた人から話を聞いたという先生の言葉を聞いた後、聞いた話を先生に向けて話していました。
アンケートに何か書くと、先生から呼び出されて話を聞かれる、という恐怖から何も知らないと嘘をつくことは皆さんにも一度や二度はあると思います。また、風のうわさを書いていいのか、ということを悩むこともあると思います。
私も話を聞かれるという恐怖から知っていることがあってもアンケートに知らないと答えることがあるため、偉そうな口は叩けませんが、これだけは言わせてください。その一言がその事件を動かすこともあるのです。風のうわさであれ、無駄な一言は一つもありません。
また、普段の生活態度が悪い人はよくやってもいない罪をかぶせられますよね。そこには、確かにかぶせる人、かぶされる人のほかに、それを黙ってみている人が存在します。黙ってみるだけ、無罪を晴らしたいという思いがあったとしても言えない助けたいという言葉…。人に言われて自分がはっとし、いきなり話し出すというのは本当に悪いことだと思います。
何もしていないというのに罪をかぶされる…。しかし、それを止める人は少ない。いや、いないといってもいいくらいです。まさに、同じ地球に存在しているというのに、まるで一人一人が違う地球に存在しているかのようですよね、今の世の中って。実に生活しにくい世の中になったなぁと感じました。
最後に。この作品より。読書感想文は、国語の総合格闘技だそうですよ。

上演8:香川県立観音寺第一高等学校演劇部「問題の無い私たち」
「誰のために演劇しよん?」
高校演劇って、いったい何なのでしょう。高校生が演じるから高校演劇?いや、そんなことはありません。高校演劇という一つのジャンルが存在している意味を考えさせられる作品でした。
演劇を自分がやろうと思った意味を初心に帰って考えてみました。話すと長くなるため省略しますが、演劇をなぜ楽しみ、何のために劇を演じるのかなど、いろいろなことを考えてみました。観ながら考えてもいたため、頭がパンクしそうでした。今でも考えているため、パンク寸前です。
作品のテーマ、勝ちにこだわる理由、演劇をやる意味…。演劇をやるにあたって考えるべきものはたくさんありますよね。しかし、皆さん肝心なところを忘れてはいけません。高校演劇って、なんですか?なぜ演劇をするのですか?
芝居って、やはり観客をひきつけることや楽しませることが大事なことだと思います。もちろん、脚本も演出も発生も大切です。しかし、一番大切なのは、観客を楽しませることよりもまず「自分が楽しむこと」だと思います。自分が本当に楽しければ、自分がその舞台で生きていれば、観客に笑顔は自然とうつっていくものだと思います。
また、実はこの作品には、高校演劇に関してだけでなく、福島の原発事故の問題も絡んでいます。
放射能の汚染を恐れて香川に引っ越してきた男子生徒。安全な香川で暮らしていますが、いつかは東京に戻るのかもしれません。彼は、香川に引っ越してきた後も放射能関連のニュースをずっと見ていました。放射能汚染を避けるためにきた香川…。放射能は消えません。しかし、彼は東京へ帰りたいと思っています。
また、心臓の病気を持った弟を持つ女子生徒がいました。彼女が何をできるようになっても喜んでくれない親。しかし、弟にできることが増えていくと喜ぶ親。
自分の存在を否定されているようですよね、自分がこの状況に立たされたら。私はそう思います。しかし、心の片隅で自分は愛されている、そう思います。愛されていなければきっと病気の弟を助けるために売り出しているかもしれません。そんな怖いことが今起こらないという確証はどこにもありません。しかし、家の子供として生きている。つまり、その家の子として存在することを許されている、つまり愛されている証拠です。
高校演劇とは、何なのか。また、親や福島の原発事故について考えさせられる作品でした。

ここで、四国大会の結果をお知らせします。
1位:愛媛県立松山東高等学校演劇部「夕暮れに子犬を拾う」
2位:香川県立観音寺第一高等学校演劇部「問題の無い私たち」
3位:徳島県立富岡東高等学校羽ノ浦校演劇部「夜帰(やき)」
創作脚本:香川県立丸亀高等学校演劇部「鬼ぃさんといっしょ」

皆さまお疲れ様でした!そして、全国行きが決まった学校の皆さん、おめでとうございます!
本当に素晴らしい作品ばかりでした!ありがとうございました。
【2013/12/27 01:01】 | 観劇メモ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12/22[キラキラ雲南フェス21日感想]
こんばんは、タマですー(´・ー・`)

昨日の、[第五回キラキラ雲南高校演劇フェスティバル]にての感想を書かせていただきます!
長いのでスルーしてもらって構いませんこのブログ←


来年夏の全国大会出場決定!
出雲高等学校演劇部
[見上げてごらん夜の☆を]

≫≫主人公の[のぞむ君]や、私たちの世界に実在する[星]をうまく組込み、「残される側の辛さ」や、「残す側の想い」。また、「別の視点を持つ者の介入」などなど、色々な視点から観ることができ、観終わってから深く作品について考えたくなるお話でした。
≫≫セットは高さと横の長さを利用したもので、階段をうまく使ってありました。登り降りするだけでなく、その上に人が乗ったままパフォーマンスしながら移動させたり、二つの階段をぶつからせて音を立て、爆発が起こったかのようにみせたり。モノの使い方がうまいなあと感じました。
≫≫主人公の[のぞむ君]は、望遠鏡を使って星や過去を覗き、望んでいる。過去にはおそらく何かの災害で失ってしまった好きな娘や大切な友人たちと、昔のように楽しく笑い、はしゃぎあっている自分の姿。擬人化された星たちの繰り広げる楽しくも哀しいミュージカル。
≫≫[過去から届く手紙]が後半になって登場します。
自分の大切な人が、目の前から居なくなってから届く手紙。それは過去、同じ時間を過ごしていた時に書かれたもの。
読む側にとって、それはさらにその人を求める程に哀しいものとなったり、または前を向いて歩き出すためのきっかけとなるものになったり。
≫≫この作品を観ていて、時間というのはやはり進んでいくべきものなんだと思いました。どんなに先が嫌でも、時が経つことで前に進めるのだから。
また、手紙は時間を超えて、未来にいる相手に想いを届けることができる手段の一つなんだと思うと、凄いものなんだなと感じます。

≫≫私達は常に先を、未来を見て歩かねばならない。過去を振り返り、一喜一憂することは悪い事じゃないけど、時間は戻らないのだから、例えそれがどんなに辛い過去であっても、人は、自分は、それを糧として未来へ進まねばならないのだ。と思いました。


三刀屋高等学校演劇部
[椰子(ヤシ)の実とオニヤンマ]

≫≫タイトルからは全く想像のつかなかった[海賊]と[少年]の繰り広げるお話と、それから私の考えでは恐らくその[少年]が成長したのではないかと思われる[高校三年生の青年]の語りで構成された作品。ギャグ満載、しかしそのギャグが深い意味を持つという、これまた観終わってから深く考えてしまう作品でした。
≫≫舞台はなんと素舞台。でも[青年]の語る台があったな...。でもその台以外は何にもありませんでした。私は三刀屋高校さんの作る舞台の勝手なイメージとして、「豪華な衣装と壮大なセット」というのが頭にあったので、今回幕が上がって何もなく、スモークだけがもくもくと炊かれているのを見て驚きました。でも何も無くても全く問題のない、一度も気になることのない作り方でした。すごい。
≫≫導入から、壮大な音楽とぴったり揃った滑らかな動き。すぐにこの作品の世界観に引き込まれました。いつもどんな風に練習してるのか気になります。また、「きゃー」とか「ひそひそ」などの感動詞やオノマトペを沢山使われていて、そう言えば[われのみそしる]の時にも「ざわざわ」っていうのをやっていたな、と思い出しました。
≫≫海賊に憧れて、いずれは島(島根県)から出ていきたい少年と、その島に宝島を探す途中で流されてきたちょっとおバカな海賊一味。少年の住む島(島根県)には、国宝や人間国宝など有名な建物や人が沢山あります。少年は、都会に憧れ、海の向こうに憧れ、海賊たちに自分を連れていってと顧願します。しかし、「この島の何を知っている」と言われ「何も」としか言えなかった少年は、外の世界へ行くことは叶いませんでした。
≫≫自分の住む島のことを何も知らないのに、なぜ外の世界に出たいのかと問われれば何も言えなくなるなと思いました。「ここが我らの宝島」という台詞があるのですが、この言葉で自分の住む島(山口県)について、「いずれ県外に行きたいと思っていてもその前にまず自分の住む島のことをちゃんと理解していなければ、その島の人として恥ずかしいんじゃないか。外に出たいという説得に、なんの意味もなくなるんじゃないか」と思いました。

≫≫[青年]は、高校三年生で受験も近く、県外に出たいのだそうです。行きたいところや、それ以外の大学ついても沢山調べ、でも唯一調べていなかったのが自分の県(島根県)。担任に「本当にそれでいいのか」と言われたそうです。
[青年]が、[オニヤンマ]の話を切り出します。一度中に入ると、外に出たくても何故か出られなくなるオニヤンマ。すぐそばの窓は開いていて出られるのに、わざわざ閉まっている窓に何度もぶつかっていく。
私は、あの[少年]と[青年]は、この[オニヤンマ]なのではないかと感じました。一度県外に出ると、戻りたくなっても戻れなくなってしまう。または県内にいて、県外に出たくても出られない。色々な解釈ができます。でもきっとあの[少年]と[青年]は、[オニヤンマ]のような意味でこの作品に描かれているのではないかと思います。そして私達若い人、とくに県外に出たいと考えている人も、[オニヤンマ]のような存在なのかもしれません。




以上で感想を終わりますー
長々とすみません_(。_。)_
【2013/12/23 07:14】 | 観劇メモ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12月21日 刺激、衝撃、感動!
こんばんは、サナです。今日は、島根県雲南市の雲南市木次経済文化会館チェリヴァホールで開催された「第5回キラキラ雲南高校演劇フェスティバル」を観劇しました。残念ながら全員参加とはなりませんでしたが、観劇した舞台についての感想を上演順に書こうと思います。

1.出雲高等学校演劇部「見上げてごらん夜の☆を」

星の話をベースにしたお話。星のお話が見事にストーリーとつながっていて凄いなぁと思いました。この舞台を見ていて、星の奥深さを感じました。
望遠鏡から星を見ている少年。彼がみているのは星…ではありません。過去です。現実から目をそむけ、楽しかった過去
を「遠くから望む」少年。少年は、今を見るのが怖くて過去を見ている…現実から目を背けたいことはたくさんあります。しかし、そこで目を背けて何か楽になるか、それを舞台が終わって考えてみましたが、楽になることなど、一つもありません。ただ一つ言えることは、楽しかった時に戻ることができるということ。しかし、そればかりを望んでいたって何も変わりはしないのです。それを改めて気づかされる作品でした。
星の話から始まったため、すごく難しいお話なのかなぁと最初は思いましたが、歌のレベルの高さやキャラクター同士の会話、ギャグなどが調和した作品だと思いました。
また、2011年3月10日に出された手紙が主人公の少年のもとへ届きます。また、自爆テロの話も含まれています。地震や原発事故、自爆テロなどは絶対に起こらないという確証はどこにもありません。また、いつ起こるかもわかりません。「日本は平和な国だから」「テロなんて、日本は絶対に起こらないよ」という意見は通用しません。だからこそ、私たちはいつもいつ起こるかわからない危険に備えておかなければいけません。いつまでも平和ボケをしていてはいけないのです。平和ボケをしている今の日本人の精神を叩き起こすことが必要なのではないかと感じました。自分もいつも危険と隣り合わせだということを意識しておくことの重要性を思い知りました。
この作品で印象的だったことはもう一つあります。「歌」です。要所要所で使われる音楽は「見上げてごらん夜の星を」を除くとすべて「SEKAI NO OWARI」さんの曲なんです。しかし、この音楽が作品にすごくあっていて、すごいなぁと感じました。また、キャストの皆さんで歌う「見上げてごらん夜の星を」にも感動しました。歌のレベルが合唱並みで、鳥肌が立ちました!ソロ、ハモリ、ユニゾン、そのすべてが素晴らしかったです!
とっても素晴らしい舞台でした!
最後に。出雲高等学校さんは10月に行われた中国大会を突破し、見事来年に茨城県で行われる全国大会に出場されます!おめでとうございます!!

2.三刀屋高等学校演劇部「椰子(やし)の実とオニヤンマ」

まさか、最初の語りが物語に関係してくるとは…思ってもみなかったです。一切展開の読めない展開に衝撃の連続でした。
海賊と、海賊に憧れる小学生。宝島を探して海賊たちがたどり着いた先は、島根県。そこで繰り広げられる会話、動きのすべてに感動しました。「こんな作品見たことがない!」とずっと思っていました。
最初の語りで、「県外に出る」という言葉がありました。また、小学生も海賊に憧れ、まだ見ぬ世界へと旅立ちたいと思っていました。私もこの山口県にいてよく思います。「都会に行ってみたいなぁ」「大学は県外へ行こう」などと。しかし、「自分の故郷で何も見つけられない人が、都会に行き、何かを見付けることができるわけがない」「宝島は、自分の故郷だ」などといった海賊たちの言葉や気持ちから、「自分の故郷に何もないと決めつけ、都会に出ようとする自分は情けないなぁ」と感じました。自分の故郷もまともに見つめることができない自分が、未知の世界で何か新しいものを見るけられることはできるでしょうか。また、この作品には「進路」についての話が出てきました。1,2年生までは夢を見たってなにも叱られはしません。しかし、3年生になるといよいよ受験があるため、現実をいきなり見せつけられるのです。1,2年生までで散々夢を見させておいたのに、3年になって現実に引き戻す。現実に引き戻す理由は、きっとなんとしてでも合格してほしいからだと思います。それは立派な気配りではありますが、今までずっと描いてきた夢が3年で全否定されるのはおかしいと思います。2年間のキャリア教育は、叶いもしない夢を見るための時間ではありませんよね?だけど、全否定されることもあるわけです。全否定されてしまっては、今まで築き上げてきた夢をすべて壊す、つまり、ぱあになるということです。キャリア教育は、私たちの夢をかなえるためにあるものだと私は考えています。しかし、全否定される可能性もある…夢を夢で終わらせないよう、頑張ろうと思いました。
また、「自分の宝島」をもう一度見てみようと感じました。今まで「何もない田舎だ」とばかり言ってきた「自分の宝島」…人間国宝なんて名前がなくったって、「自分の宝島」に自分が生きた証を刻むことはできます。二つ名なんてものはいらない。「自分の宝島」を改めて見返してみようと思います。
この作品もまた歌が印象的であり、この作品は動きがなんといったって印象的なのです。レベルがすごく高くて感動しました!
この作品を見ている間、この作品の世界に自分が存在しているように感じました。自分がまるで、この舞台のキャストのように一緒に楽しみました。この作品の世界にくっついて離れることができなかったです。
とっても素晴らしい舞台でした!

この「第5回キラキラ雲南高校演劇フェスティバル」を観劇して、たくさんのことを学ぶことができました。もちろん、演技のこともあるし、人間性についても学べました。ここでの経験を生かし、これから頑張っていきたいです。

また、この「第5回キラキラ雲南高校演劇フェスティバル」は明日も島根県雲南市木次経済文化会館チェリヴァホールにて行われます。明日は13時30分から松江南高等学校演劇部さんの「冒険授業」という作品が上演されるそうです。ぜひ、お時間のある方、足を運んでみてはいかがですか?なお、積雪の可能性があります。
以上、感想と宣伝でした。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。以上、サナでした。
【2013/12/22 00:25】 | 観劇メモ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
12月21日「観劇の感想」
こんばんは、ナナです!
今日行われた『キラキラ雲南フェスティバル』の劇を見ての感想を
書こうと思います(*^^*)

1出雲高等学校「見上げてごらん夜の☆を」
少年の話と、少年が見上げているオリオン座の中で
起こっている話の2つを同時に楽しむ事の出来る劇でした。
歌を歌ったり、歌を歌いながら踊ったりするようなミュージカル風な
ところもあり、役者さんの歌もとても上手くて感動させられました。
演出も工夫されていて、特に2つの階段の中に人が入ると
いう演出に驚かされました。


2三刀屋高等学校「椰子の実とオニヤンマ」
海賊と少年の会話のテンポや、話の流れがとても良かったです。
また、海賊と少年が歩いて世界遺産や国宝や人間国宝などを調べたり、
島根県と鳥取県の違いを海賊たちがフリーズしたときにアナウンスで
流すなどの演出もとても面白くて、見ていてとても楽しい劇でした。
オニヤンマの例えは、本当に共感させられました。笑いだけでなく、
いろいろな事を考えさせられた話でした。



【2013/12/22 00:02】 | 観劇メモ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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